Monday, 11 August 2025

1969- 1970 Russian, French, German and Korean language

  


11. 1969- 1970 Russian, French, German and Korean language



1969年4月、私は無事和光大学人文学部文学科三年に編入学した。和光の二学年修了時までの外国語、前期一般教育科目の、外語からの和光への読替と振替については、編入学前に親身に相談に乗ってくださった山崎昌甫先生の編入学後の御尽力もあって、体育以外はすべて完了し、体育のみはすでにグループ学習を続けているので、永井先生の途中参入は困難とのご判断で、それに代わる幾度かのレポート提出を案内してくださった。和光一年時履修のプロゼミについては、外語の中国語専門科目を週8コマで履修習得しているので、その一部をもって振り替えてくださったと記憶している。

この一連の処置に対して私は、新年度の多忙なときに山崎先生がなさってくださった、身に余るほどの御尽力に、今も心から感謝している。私は短い一篇の詩を、山崎先生への感謝を込めて、書き綴ったことがある。

AT THE LAWN TERRACE BEFORE LIBRARY

しかし私はそれほどまでにして、私という一学生のやや特殊な大学からの編入学のためにご尽力してくださった山崎先生に、卒業に際して、私はなにひとつの御礼も申し上げることなく卒業した。その悔いは今も深く残っている。私が先生にお礼を述べたいと痛切に感じ、先生の近況をGoogle で検索したとき、先生はすでにその数年前に逝去されていた。私という人間のありようがそこに凝縮されていた。私は、自分のことしか考えない、そうした生き方しか、してこなかった。

1971年3月の和光卒業に際しても、教職という進路は確定していたが、そして多くの方々に支えられてきたのに、私はみずからの生涯の目標を見極めることが、まったくできないでいた。私は大学に学ぶために来た。しかしそこからさらに何かの新しい目的に向かって歩む、そのための準備や方途をまったく考えることがなかった。私はただ、いくつかの言語状況についてアジア諸語の一部から西欧諸語の一部に至り、その中で言語の本質を探究したいというような、亡羊とした思いを抱いているだけだった。1970年の夏だったとおもう。私は乗換のために下車する当時の国鉄八王子駅北口のくまざわ書店で、一冊の厚い詩集と出会った。フランス装というのであろうか、柔らかい表紙で思潮社から刊行された新刊、清岡卓行著『清岡卓行詩集』だった。その場で読んだ一篇に私は心を奪われた。私が今なさねばならないことが、そこに、つらかったあの入院の日々をも含めた完璧な形で、現前していた。購入したその詩集を私は今保持していないが、のちに購入した『清岡卓行全詩集』思潮社 1985年からその長詩「大学の庭で」の後半を引用する。

「そこで若し きみに死への夢から生の建設へ向かう意思が可能ならばそして若し きみになんらかの好ましいが学問がありうるならばそれこそはきみの純潔を裏切ることが最も少なく世界へのより豊かな愛をいつもかたどる試みにほかならぬのではないだろうか?なぜなら きみの純潔はどのような憤怒の極北にあってもきみ自身にとって美しいものだけはどうしても拒むことができなかったからだ。つまり美しいものにおいて自己を実現することそのきびしく結晶されるかたちこそ学問と呼ばれるわざくれにきみの魂の血液を惜しみなくめぐらせることではないのか?その拠点からきみは さらに美しいものすべてを眺めることができる。それはきみの微かな不死だ!きみは選ばなければならないきみのたどるひとつのさびしい学問を。なかば 偶然のように。そして なにものかに 深く羞じるように。(おそらく きみの見知らぬ  この世の悲惨な現実に  直観的に  無意識に羞じらって。)他のさまざまな可能性を捨てることはいかにもさびしいことなのだ。きみが読みふけったあのアカシアと社交界サロンの町の病床の作家が若い頃しるしたようにどのように大きい一輪の現実の花も空想の花束にはおよばないかもしれない。少なくとも 無為のためには!しかし やがてきみの恋人の懐かしい個別性の中にしか人類の温い深みが無いようにきみの学問と創造の特殊性の中にしか世界の美しい真実はありえないはずなのだ。」

和光での1970年の秋学期が始まると旧図書館前の掲示板には、来春卒業する四年生のための掲示が少しずつ増えてきた。しかし私の心は空虚だった。清岡卓行の詩のスタンザが木霊していた。「きみの恋人の懐かしい個別性の中にしか人類の温い深みが無いようにきみの学問と創造の特殊性の中にしか世界の美しい真実はありえないはずなのだ。」外語で二年、和光で二年、学んできたはずなのに、私にはいかなる「学問」もなかった。その現実が身に染みた。外語でのひたすらな語学訓練、和光での自由で多彩な受講と先生方とのふれあい。その四年間の中で、「きみは選ばなければならない」はずだった。しかし私にはそれができなかった。掲示板の前のにぎやかさの中で、私の肩は沈んでいた。なぜだったのか、今は少しそれがわかる。私は勤勉だった。それは認めよう。しかし私は凡庸だった。他者が私をどのように評価しようとも、私はみずからの凡庸さを痛いほど知っていた。高校時代に席を隣あった金子は、そのことを私の面前ではっきり言っていた、おまえが物理をやるのかと。

のちの和光の研究生時代、千野栄一先生は、「構造言語学」の講義のあと私に言った。「そういうことはやめろ、それはWittgenstein などがやることだ、おれたちのやることではな」と。凡庸な人間が天分のある人々にあこがれる、私はその一人だった。大人になっていく中で、人は多くを学び、さまざまな多様な価値を見い出し、そうしたあこがれを脱し、みずからに独自な生き方を習得する。しかし私はそのあこがれに固執した。急にはできない、しかしゆっくり時間をかければ私にもできることがあるかもしれない、そうおもっていた。そのためには多くの時間を必要とするかもしれない、そのことも自覚していたはずだった。清岡卓行の詩句が身に染みた。「きみは選ばなければならないきみのたどるひとつのさびしい学問を。」その「さびしさ」が秋学期の掲示板の前に立つ私の足元を木の葉のように散っていた。しかし私はあきらめなかった。私の中にある、楽天性がわずかに悲観性をうわまわっていた。

言語学の講義の中で、語素が出てきたことがあった。その先生はおっしゃった。語末の変化、すなわち活用や曲用によって、こまかな文法的変化を具体化することができると。私はおもわず挙手して質問した。それでは語形変化のまったくない中国語の場合はどうなりますかと。先生のお答えは簡潔だった。「今は中国語を除外して考えます」。広大な中国語圏、正確には漢語圏を、まったく除外した言語学。アルファベットで代表される西欧言語学では覆いきれない広大な言語世界が、少なくとも私の目の前に、すなわちこのアジアに広がっている。表音文字のため、文字学が深化しなかった西欧の言語学に対して、中国の言語学、「小学」は、紀元前の「詩経」の音韻学等検討を経て、中国の近代、清代には目くるめくようなめざましい深化を体現していた。段玉裁、王年孫、王引之、王国維、章柄麟等々、枚挙にいとまがない。ここにひとつの大きな基盤があることを、私ははっきりと認識していた。そこまでは行っていた。しかしその先へどう進むか。清代の「小学」を祖述するのは私には魅力がなかった。未知の世界へ、しかしどうやって。 

「きみは選ばなければならないきみのたどるひとつのさびしい学問を。」和光で私は決して無策であったわけではない。1969年編入学とともに、私は千野栄一先生のロシア語を受講し、単位を取得した。学年末試験は口頭試問で、先生が提起したロシア語の、語形変化を口頭で答えるものだった。翌年1970年には、ナタリー・ムラビヨワ先生のロシア語会話を受講し、単位を取得した。1970年四年生の受講届をB棟で提出したとき、職員の女性の方が、私のロシア語、フランス語、ドイツ語、朝鮮語の受講申請に対して、「言語学を専攻なさるのですか」と尋ねられたが、普通にはそう見られたかもしれない。ロシア語はまったく未学習であったし、その文字がキリル文字であったため、多くの初心者がその文字が障害になったと述べているので、それは早く親しんだほうがよいとおもっていた。それに対してフランス語とドイツ語についてはその初歩は既習であったので、語彙を増やし講読に慣れるのが主目的であったため、結果的には単位取得までは至らなかった。1970年の秋学期が始まったドイツ語で、女性のおだやかな先生が、出席確認のときに、「田中さんは試験を受けませんでしたね」と尋ねられた。春学期、多分皆出席に近かったため、不審におもわれたのであった。私は申し訳なく、単位が目的ではありませんでしたので、すみません、とお答えした。今おもえば不遜で失礼なことであった。しかし先生はわかりましたとだけおっしゃってくださった。

私のアジアからの言語学習は、1960年代末の私はもう一つの夢を抱いていた。それはモンゴル語の学習へとつなげることだった。現在のモンゴル語の言語表記 system には伝統への回帰が見られるが、1960年代末のモンゴル語表記は旧ソ連の影響もあって、ロシアと同じキリル文字が採用されていた。キリル文字が読めれば、あとはモンゴル語の文法に集中できると単純におもっていたのであった。モンゴル語には日本語にも部分的にみられる母音調和等の、魅力的な言語事実があり、かつ、私の中では、日本から朝鮮半島へ、そして中国大陸に入り、モンゴルの高原を過ぎ、ロシアへと入ってゆく、いわば Silk Road 絹の道の、逆コースを知らず知らずのうちに選択していたことになる。Silk Road の南道を行けば、チベット語からサンスクリット語への道が並行して存在した。それは当時顕著に意識していたことではなかったが、1979年に専攻科生になり、日本古代の仏教典籍で代表される漢語資料の豊富さに直面し、その初歩的な読解に多くの時間を割くようになり、Silk Road の言語的逆走の夢は実現しなくなったが、新たに、『大正新脩大蔵経』100余巻の広大な世界と出会い、私はこの初歩的な講読に、かなりの時間を割くようになった。特に魅力的であったのは、大乗仏教後期に高揚した、無著・世親等の精緻な仏教哲学の諸典籍群との遭遇であった。ワトソンとクリックの螺旋構造の遺伝子を彷彿させるような空間認識構造に出会うなど、今もなお『大正新脩大蔵経』は、私にとって無限ともおもわれる魅力を蔵し続けている。この道へ導いてくださったのはすべて、専攻科時代の恩師、川崎庸之先生によるものであり、先生は私の生涯の師となった。


川崎先生から教示されたことはほとんど無数であった。ある日先生との会話が法制史のことにふれたことがあった。私はふと法制史の泰斗、中田薫先生のことを尋ねた。「中田先生はどんなお方でしたか」。先生の御返事は即座で簡潔であった。「白皙、鶴のような人だった」。先生と小説のことをお話したことはほとんどなかったが、あるとき幸田露伴に及んだとき、先生は「こうだろばん」と呉音的に発音された。日本古代には通常であった呉音の優しい響きを先生は好んでおられたとおもう。先生から指導を受けなかったら、私は仏教や歴史の書籍について、ほとんど無知に等しかったとおもう。先生からの教示がなければ、日本古代漢文を網羅した柿村重松著『本朝文粋評釋』上下二巻、冨山房、大正十一年刊を私が知り得ただろうか。私だけでは矢吹慶輝の生涯をかけた大著『三階教之研究』岩波書店、昭和二年刊に遭遇することはあり得なかっただろう。この書によって、私は浄土教が中国を含め、いかに広大で幽遠な歴史を含んでいるかを垣間見た。さらに決定的な一冊がある。それは、川崎先生の東大時代の恩師、常盤大定著『佛性の研究』丙午出版社 1930、国書刊行会 1972再刊、である。私はこの書のインドから中国を経て日本に及ぶ仏性の精緻な論証の一部を読み、この学問世界は私には遠く、はるかに及ばないものであることを認識し、これ以後私は仏教の理論的側面から離れ、『大正新脩大蔵経』の一読者になることを決めた。

華埜井先生のフランス語は、ほとんど無準備の状態であった教員試験のために、夏休みの前に単位取得をあきらめることとした。最も早かった山梨県の高校教員の試験は、夏休み中の八月に迫っていた。私はそれまでなにひとつ準備らしいことをしてこなかったので、夏が近づく中で思い立ち、和光の図書館で多分7月は閉館近くまで、ほとんど連日、一冊の問題集を解き、必要な部分を暗記することに努めた。私の語学への受講態度は恥ずかしいが、散漫といえばその典型であった。今思い返せば、悔やむことばかりであった。華埜井先生のフランス語教授に臨まれた姿が、今の私には憶い起こせない。先生がフランス語のどのような点に焦点を当てて、初学の私たちを指導されたか、それも憶い出せない。以下は私が卒業したのちの昭和48年度1973年度の『講義要目』に寄せた、華埜井先生と林辰男先生の受講者へのコメントである。

「フランス語 初級 B② B⑦この講座は文法ということになります。何もげっそりすることではありません。フランス語は実に論理的な、というよりむしろ堅牢な文法構造をもっています。往々誤解されるような甘ったるいものではありません。明瞭でないものはフランス語ではないといった名言もあります。うんざりするほどりくつで押してきます。だからかえって組みしやすい面もあるわけで、その気になれば数式を解くような面白みもあります。知的作業の基礎としてこれほどいいものもないでしょう。しかし、自発性が要求されます。といっても、必ずしもかた苦しいレッスンにするつもりはありません。」

この文章はお二人の先生がなさる講座の受講案内であるが、文全体の印象が、他の華埜井先生のフランス語講座の案内と似ているので、私には、多分先生がお書きになったのではないかとおもわれる。「論理的」「堅牢な文法構造」「りくつ」「数式を解くような面白み」「知的作業の基礎として」「自発性」、これらの語群が先生のフランス語への案内となっているようにおもわれる。特に「数式を解くような面白み」ということばは、もし先生のことばであるとすると、きわめて特徴的なものであろうか。以下の引用を参考にすると、さらに先生の姿が明確になってくるのではないだろうか。私が四年であった昭和45年度1970年度の『講義要目』に所載された、文学科専門科目・フランス文学の華埜井先生の講座案内である。私は受講したかった、しかし高度なゆえにあきらめた、私にとっては、先生畢生の講座のひとつではなかったか。

「フランス文学  華埜井香澄『テスト氏』をめぐってヴァレリーの文学の方法を探る。たとえば、観念と事物とのあるいは言語と肉体感覚との関係をヴァレリーがどのように認識していったか、その過程を詳しく検討してみる、といった方法を試みる。極めて難解なフランス語であるが原則としてテキストは原文のものを用いる。翻訳が幾種類もあるからそれらを参考にすることができる」と述べておられ、教科書として、Gallimard 版の Monsieur Teste を指定しておられる。この簡潔な受講案内は、すがすがしいほどにあざやかで毅然としている。先生のフランス文学に向かう姿が歴然として迫ってくる。多分ここに華埜井先生のフランス文学への若き熱いおもいがあったのではなかったか。実弟でいらしゃる華埜井究氏からはお電話で、兄は私が高校生のときヴァレリーのことを語ってくれた、と伝えてくださった。そうでなければ、高校生の私がヴァレリーのことを知っているはずがありません、と遠い日々を懐かしむように話してくださった。先生の優しさとご兄弟の温かさが伝わってくる、学問の世界を超えた、私には忘れ難いお話となった。

華埜井先生は一年生へのプロゼミも担当しておられた。以下は昭和49年度1974年度の『講義要目』に記された受講案内である。「プロゼミ Ⅰー8 『歎異抄』で読む 4単位  華埜井香澄『歎異抄』は13世紀に書かれた浄土教の信の問題を扱った極めて特異な作品である、その味い深い文章によって優れた文学作品の古典ともなっているものである。 授業では、この作品の購読を通じて「読む」ということはどういうことかをとくと考え、現代に生きる各々の「私」がどう関わるかをお互に発表し合うという形をとることにしたい。作品に用いられている仏教用語や親鸞特有の用語を正しく理解し、作品の滑らかなレトリックに乗って上滑りしないよう注意しよう。」先生の講座題名が、「『歎異抄』を読む」ではなく、「『歎異抄』で読む」となっていることが特異的であろう。『歎異抄』を読むことによって、読むという行為そのものを学ぼうとしたいと願う先生の方向がうかがわれる。「レトリックに乗って上滑りしない」という文面から、先生の言語に対する厳しい姿勢が感じられる。

私が確認できた『講義要目』の最後の年度、昭和51年度1976年度の「フランス語 上級A・C 4単位」は以下のようになっている。先生はこの年の4月に逝去された。先生が残された最後の講義要目である。「教科書ーJean Giraudoux;La guerre de Troie si durapas lieu(ジャン・ジロドウ;トロイ戦争は行われないだろう)」私はこの作家の名前すら知らない。いま私の手元にある『岩波ーケンブリッジ 世界人名辞典』岩波書店・1997年によると、「ジロドゥー、(イボリット・)ジャン」では以下のように解説されている。「(仏 1882-1944)作家、外交官. べラック生まれ. 外交任務につき、第2次世界大戦中は一時期フランス情報局長を務めた. 主に戯曲で知られている. そのほとんどがギリシャ神話や聖書の伝承に基づいた幻想的な作品で、現代生活への風刺がこめられている.「トロヤ戦争なかるべし」(1935)、「オンディーヌ」(1939)、「シャイヨーの狂女」(1945)などがあ.」先生はジロドウの作品を通して、和光の学生にどのようなことを伝えようとなさったのか。その真意はもはや確認できない。ただこの解説中にある「伝承に基づいた幻想的な作品」ということばから、私は先生の編著書『悪魔のしっぽ』三修社 1972年の「この本を読まれる読者に」で「夢の世界に遊ぶような楽しさを味わってもらえると思います。」という文面とどこか相通ずるところがあるようにおもわれる。華埜井先生の受講案内はこの年度で終わる。1976年1月に37歳となられた先生は、この年の4月28に胃癌で逝去された。この講義題目は先生が和光の学生に伝えた最後のメッセージとなった。

ロシア語はムラビヨワ先生の教授方法に魅了され、最後まで受講し単位取得まで行くことができた。しかし秋に先生が中心となって指導なさっていた、ロシア語祭で、私はロシアの詩朗読を先生から提案され、先生は美しいロシア文字を緑色のボールペンで書いて下さり、少しだけ暗唱の練習を行ったが、私にとってはかなりの長詩だったため、ロシア語祭のしばらく前に辞退を申し出て先生から了承された。語祭の当日は先生と一緒に会場となった教室に行って、受講者の健闘に拍手を送った。私は少しでもムラビヨワ先生と本当の会話らしいことをしてみたくなり、多分秋であったとおもうが、新宿の紀伊国屋書店に行き、ロシア語会話の本を探した。1970年初めでは外国語会話のテキストは、英仏独語を除くと極めて少なかった。やっとTeach Yourself Series の一冊を探して購入した。早速その一部を家で暗記し、教室で先生に話しかけたことがあった。先生はびっくりしたような表情で、「ミーシャ、どこでおぼえたの?」と質問された。私が書店での経過をお伝えすると、先生は急に上手になった私の会話を了解して笑顔になられた。懐かしい憶い出である。ミーシャというのは、私のロシア語会話での First Name であった。先生が一人一人に、好きな First Name をつけて いいですよ、とおっしゃったので、私はミハイルを選んだ。その略称がミーシャだった。

朝鮮語は、梶村秀樹 に教えていただいた。のちには朝鮮近代史のパイオニアとして、今では『広辞苑』にも以下のように記載されている。「【梶村秀樹】朝鮮史研究者。東京生れ。東大卒。 神奈川大学教授。戦後日本の朝鮮史研究の中心的存在。著「朝鮮史の枠組と思想」ほか。(1935ー1989)」先生は、私の和光在学中は、30代の若き先生であった。いつも肩の少し落ちた上着を着ておられた。朝鮮語は私にとっては中国語に次いで大切な言語であったので、秋になっても受講を続けたが、みなで五県受けた教員試験のために休むことが続き、事実上単位取得は困難となった。そんなある日、梶村先生からお葉書をいただいた。文面は「きみはずっと出席していたのに、急に来なくなったので、どうしたのかとおもっています」という内容であった。朝鮮語はごく少数の教室であった。私は先生のお気持に驚き、すぐにご返事を書いてお送りした。その中で、今もはっきり覚えている部分がある。「朝鮮語は私にとって、重要なものです。一時中断しても必ず学習を続けます」と私の気持をお伝えした。のち先生は神奈川大学の教授となり、私が専攻科生・研究生の時代にそのことを知り、比較的和光から近かったので、一度お訪ねしようとおもっていた。そしてある日、先生の突然の訃報に接した。

私は今も、先生との約束を果たしていない。私の朝鮮語は依然として未熟なままであり、十分な読解ができない。私はそれをいつか果たしたいと今もおもい続けている。朝鮮語単位未取得で卒業したのち、再び和光に戻った1979年の専攻科生時代に、私は長璋吉先生の韓国語を受講し単位を取得した。依然として初級レベルではあったが、梶村先生との約束をほんの少しだけ果たすことができたとおもっている。梶村先生と長先生は、仲がよく、当時確か渋谷にあった語学塾で、お二人がずっと講師をなさっておられた。この塾は所在地は変わったが現在も続き、まるで走馬灯をみるかのように、1990年代までに梶村先生も長先生も50代で亡くなられた。お二人の先生の御遺志を継がれるかのように、長先生の奥様がずっとお元気で講師を続けられていらっしゃる。長先生 ご夫妻は、韓国の延世大学でともに学ばれ、ご結婚後、奥様は日本に来られた。

私が、東京都立川市立中央図書館の開館に際しての簡潔な宣言文プレートの中国語と朝鮮語の文面翻訳を依頼されたとき、私の朝鮮語の文章を見ていただきたく、一度ご自宅を訪問したとき、奥様は用件を終えたあとの私に、「私のたくあんはきっと日本の方のよりおいしいかもしれませんよ」、とお話ししてくださった。まだ二人の娘さんが学生でいらっしゃった。2019年に必要があってお電話したときもお元気で、講師も続けられ、私は先生の名著『ソウル遊学記ー私の朝鮮語小辞典』のことを、改めて奥様お伝えした。娘さんは二人とも結婚なされ、「いまはもう孫もいます」と、うれしそうに話してくださった。「私はこのご本を多くの方に推薦致しました」とご報告すると、奥様は、「あの本は良かったわね」と、遠い日々を回想するようにして喜んでくださった。この日は長先生の生前をしのんだ一日となった。

長先生の憶い出は尽きない。和光でのある日、その日の韓国語講座終了後、窓外はもう夕暮れがとなっていた。先生は学生の退出したあと窓辺により、韓国留学のことを私に話してくださった。なぜそうしたお話になったのか、その経緯は今はもう憶い出せない。先生は外語の中国語科を卒業後、韓国へ留学された。その日々は先生の『ソウル遊学記ー私の朝鮮語小辞典』北羊社 1978年、にくわしい。この日の先生との会話が、なぜ今もなお強く私の心に残るのか。それは長先生のお話を聴いたとき、「私も先生と同じ外語で二年間学びました」と、お伝えしたかったからであった。しかしそのことはその日どうしてもお伝えできなかった。なぜなのかはわからない。先生と私とは同じ外語と言っても、その重みがまったく違う、きっとそう感じていたのかもしれない。私はすでに1979年のこの年32歳となり、専攻科で漢語資料を少しずつ読解しているだけだった。私の現実を知っている方が、そんなに多方面にわたってどうするのか、と心配してくださった。

私がみずからの主題を本当に知ったのは、2002年、肺炎で入院していた日々においてであった。病床から毎日、窓外に青く連なる奥多摩の山々を見ている日々だった。私は55歳となっていた。その翌年2003年になってから、私は初めてみずからの主題をまとめた三篇の論考を、3月から続けて書くことができた。そのうちの一篇を、私はその年の12月に奈良県立公会堂で行われたSilk Road に関する国際シンポジウムで、言語・文学部門い選ばれた4名の口頭発表者の一人して、Quantum Theory for Language 「言語の量子理論」という論題で発表することとなった。1967年の外語入学から36年が経っていた。Silk Road を言語的に逆走するという構想は、小さな一つの言語理論として、2003年56歳となってようやく結実したといえるのかもしれない。

この国際シンポジウムは、私に予期することのなかった贈り物を届けてくれることとなった。それはつづめて言えば、英語の常用ということだった。二日間に渡るすべての招待講演、部門講演、口頭発表、パネル展示等はすべて英語で行われた。それは国際シンポジウムである以上当然なことであったが、私に強いことばでいえば衝撃を与えたのは二日目の終わり近く、研究者の方々を中心に多くの人々がメイン会場に参集したとき、主題の性格から、洋の東西にわたり、特に中央アジアや中近東から参集したとおもわれる方々に間近に接し、まったく未知の母語を話される方々がおられる一方、より多くの方々が英語で滑らかに会話されている状況に接したとき、もはや汎世界での交流を行なおうとするとき、英語以外での精密な交流は多分困難であろうとはっきり認識したことであった。

これは、どの言語が優秀であるかなどとはまったく異なったものである。少数の大言語の独占的な流通によって希少言語がを滅亡に瀕している状況を言語を学んできた以上知らないはずはないが、汎世界が理解し合う方法として現在取り得る有効な方途として、英語以上に、文法的に簡潔で、ギリシャ・ラテンからアジアに至る広大な言語からの借用語彙の豊富な獲得等によって他には見当たらない自由で闊達な言語となってきた英語に、比肩する言語は現在のところ見当たらないであろう。英語史をひもとけば、ヨーロッパの一地域語に過ぎなかった英語が現在に至るまでのいわば格闘の歴史が刻まれた結果、初めて汎世界に使用される言語の位置を獲得してきたことがわかる。OED Oxford English Dictionary 完成までの苦難は今では映画にまでなっている。単語の初出年を可能な限り遡り、語源を遠くトルコ帝国にまで探る。そうした途方もない努力をOEDは絶え間なく行ってきて、それは今も続いている。世界からの援助も続いている。日本の英語学者、忍足欣四郎はOEDをくまなく点検し、100語以上にわたって語歴等の不備を発見し、それをOEDに伝えた。OEDはいまは世界の英語研究者の叡知の結晶と言ってもいいだろう。OED側もその都度彼らの労に報いていきた。

英文学者、福原麟太郎の随筆によると、第二次大戦前、英国で買い揃えたOEDの補巻が戦後刊行されたとき、OED側は福原先生の日本の現住所を調べ、自宅に無料で郵送して寄こしたと、書かれていた。『詩心私語』文藝春秋、昭和48年1973年刊。シンポジウムから帰った私は、日本語で書きかけていた論考を英語に書き直し、2003年から始めたWeb Site においてUpload する Paper と Essay のすべてを英語で行ってきた。幸いに数学系で書かれる論考に使用する語彙は極めて少なく、常用語は多分100語にも満たないであろう。常用語を超えた精密な表現は、すべて数式で表記される。私はここで、数式が汎世界語であることをあらためて知った。数少ない公理とそこから敷衍される定理の表記は、数式を理解すれば即座に全世界で理解可能なものであった。

以下は私の2003年から2007年に至る、Web上で公開した paper と Essay である。2007年以降は、公開する論考が多様となり、整理が複雑となったため、部分的に主題群を作り、その都度小さな整理を行ってきた。たとえば Theory がその一つである。Site も次第に複雑になってきたため、徐々に増加して現在に至っている。

SEKINAN LIBRARY
FILE 2003-2007

Thursday, 17 July 2025

To Winter RI Ko. 14 John Peabody Harrington, Roman Jakobson, FUKAYA Kenji, Maxim Kontsevich, ZHANG BInglin and Roger Penrose 14 Description of Language. 2015. Translated by Google translate 2020

 

 

To Winter RI Ko. 14 John Peabody Harrington, Roman Jakobson, FUKAYA Kenji, Maxim Kontsevich, ZHANG BInglin and Roger Penrose 14 Description of Language. 2015. Translated by Google translate 2020


05/05/2020 18:29


To Winter RI Ko 2015
14  John Peabody Harrington, Roman Jakobson, FUKAYA Kenji, Maxim Kontsevich, ZHANG BInglin and Roger Penrose

From author:
This text’s translation by Google translate is a little hard to be accurate at the present, especially on mathematical explanation. 


You can see the whole city from the library on the hill. The east side of the third floor is a computer room. The internet was always connected there, and I could use any table freely. I often spend my holidays near the window. A group of tall blue-green buildings rises to the northeast of the left side of the window. Seen from here on the hill, it is much higher. Only there is towering above the sky. Immediately south, there should be A’s home. Did the bulbul hit a tall building like that? The glass walls were distant and dull, reflecting the light of the autumn afternoon. 

When I was cleaning the room where the birds were gone for the first time in a while, I found some furrowed flock in the corner. The soft wings floated in the air for a while when released. Have you lived in the city because of your childhood? I wished that I was now resting slowly in the grove of the hills. A created Web pages and Dreamweaver, but since the amount has gradually increased, I switched to Expression Web from the middle. I used Office for documents at first, but soon I switched to Zoho.

In this way, I was able to quickly write small mathematical expressions using LaTex. When Backup was run automatically using SugarSync, all traces of A were on Cloud. The document was written in English. Regular sentences other than mathematical expressions are relatively easy to write with a limited vocabulary. This could lead to someone seeing somewhere. I had little hope, but there was little response. 

Of course, I thought it would be nice if there could be one or two people in this wide world who could sympathize with me, but that didn’t bother me that much. I just keep writing. There is no guarantee that there will be someone like John Pepody Harrington, who continued to record the American Indian languages. 1920 The photographs in the Smithsonian Institution’s collection, which are doing field research around the year, look somewhat like the pioneers of the West. It’s okay to wait quietly for the future of Harrington in the corner of the city. 

It was a fun task to think of a language containing time as a possibility using a model. However, in reality, it is rarely something that can be created, such as an original one. I couldn’t exceed the conventional idea. He arranged the work procedure little by little. First create a simple model. Select the shape suitable for the model. How much is the figure written? 

According to Kenji Fukaya, the geometry was “a group of groups and the space in which it acts”. It was Fukaya’s charm that he was able to briefly confirm and look at the fundamental things. By referring to Jacobson’s “semantic minimum”, a new geometric “minimum of meaning” is set, and the time t is included as a meaning by moving the time t in the closed interval. Defined the geometric word.

I repeated this direction many times with different levels of geometry. The universality of language was thought to be closely related to the invariant of mathematics. In Fukaya’s book, I learned that the quantum cohomology ring can be obtained from the Gromov-Witten invariant and the Gromov-Witten potential can be obtained. Language approached mathematics and physics. It has become possible to logically check the symmetry that has long been a concern. Under certain assumptions, the character of various languages can be inspected as a model from, for example, one figure or manifold. One of the centers was homological mirror symmetry, which was proposed by Kontsevich.

When I got tired of working in the library, I went out to the rooftop. The city, which spreads under the dark maroon autumn sky, conveyed the grandeur of human activities. The sounds of distant cities echo like a chord. Are people flying in this city as birds are flying in the sky? Just as birds sometimes crash into the ground by colliding with the turquoise glass of tall buildings, will people crash into the ground and crash somewhere?

 I once read a story about birds in the book Shorin no Fubun. “According to the poem of the 3rd year of the Emperor Hansho, a bird of five colours, it passes over the prefectures in which it belongs.” It seems that 10,000 birds of five colours flew in the sky. As for the beginning, I continue to cite Chinese books. According to the poem’s third year of honour, he gathered New Year’s lords, Otori, Emperor and Kanro to the Kyoto teacher, and according to the flock of birds, the findings of the Han book were true.

The contents of this Chinese book, in which 10,000 birds gathered in search of it, are true. It is unknown whether Shorin believed in these statements. However, according to Shorin’s habit, he might have believed it as a natural thing. 

Autumn flowers were dancing in the strolling garden on the roof of the library. White autumn Ming chrysanthemum, yellow Maru chrysanthemum, Nozoku chrysanthemum Soothing Hotogigisu and the white and white Arissum flowers crawling on the ground. Sky blue salvia, red cherry sage, purple rosemary and light blue basil. Dark blue Saintpaulia, white sapphinia, crimson geranium bowls and hanging. Huquera, Drachina consenna, Sansevieria houseplant. Spatti is also rich in green, and the red sea urchin is already red. Various sasanqua that began to inflate the buds, the last cosmos flowers that sway in the wind Winter clematis that has been quite tall, large leaves on the grape rack with few remaining, and a large red or white large ball swaying occasionally in the strong wind . 

If you look closely, you can also see the pink bokeh flowers that change the season. Shala beautifully turns red, and dogwood turns the leaves brown. On the other hand, rhododendrons had already inflated the buds considerably. Autumn was getting deeper. 

You can hear the sound of the city line riding on the wind. How is K doing? Well, let’s make a dedication to the document. For familiar days with K. I continued to write documents when I got home. The linguistic space including time gradually expanded from a straight line to a plane and from there to a sphere. Attracted by the work of Roger Penrose, I made a projective model. 

As I was thinking about it at midnight, I thought it would be beautiful if the language danced in the sky like an aurora. A complex plane is created by mapping all complex numbers to planes, as if all real numbers were mapped to straight lines. A complex number defined by two real numbers is placed on the plane as a language unit, and it is called a language point. Establish a vertical third coordinate axis from the origin of the plane and make a sphere with a unit radius centered on the origin. The spheres intersect at a radius of 1 on the new coordinate axes. If that point and a linguistic point on the complex plane are connected by a straight line, when the linguistic point has a distance of 1 or more, it intersects with the sphere at one point. When the distance is less than 1, the linguistic point is inside the sphere and does not intersect the sphere. 

This shows the limits of the language. Ordinary language points are projected on the spherical sky when the distance exceeds 1. The projection is called aurora. Language points at infinity converge on a sphere on the Z axis. You can capture an infinite number of languages in a finite way. A straight line connecting two points on the complex plane draws an arc in the spherical sky. The two straight lines form two arcs in the sky, and connecting four points creates a distorted quadrilateral in the sky. 

If we model the points in the sky as words, arcs as sentences, and quadrilaterals as sentences, the language will emerge there. The language becomes Aurora and dances in the sky. Language is aurora dancing above us.

 


Wednesday, 18 June 2025

Paper 2003-2007 1-192

 

Paper 2003-2007  1-192


  1. Symmetry Flow Language 2 Time Shift of Meaning in Moduli Space 7th for KARCEVSKIJ Sergej
  2. Symmetry Flow Language 2 Boundary, Deformation and Torus as Language
  3. Symmetry Flow Language 2 Contents
  4. Symmetry Flow Language Meaning Variation and Time Shift in Word as Homotopy For WANG Guowei and KARCEVSKIJ Sergej
  5. Symmetry Flow Language Simplex, Simplicial Complex and Polyhedron
  6. Symmetry Flow Language Homology on Language
  7. Symmetry Flow Language Riemannian Metric, Flow and Entropy
  8. Symmetry Flow Language Premise for Symmetry Flow in Language
  9. Symmetry Flow Language Contents
  10. Language and Spacetime Time Flow in Word For KOHARI Akihiro and His Time
  11. Language and Spacetime Stability of Language
  12. Language and Spacetime Construction of Spacetime Especially on Transformation with Boundary for Dimensions
  13. Language and Spacetime Shift of Time From SAPIR Edward to KAWAMATA Yujiro
  14. Language and Spacetime Description of Meaning 6th Time For KARCEVSKIJ Sergej
  15. Language and Spacetime Generation of Sentence For WANG Guowei and CELAN Paul
  16. Language and Spacetime Structure of Word From KARCEVSKIJ to MACLANE
  17. Language and Spacetime Word Containing Time and 4 Dimensional Sphere Dedicated to MAC LANE Saunders
  18. Language and Spacetime Language Definition for the Child who Lost the World
  19. Language and Spacetime Contents
  20. Escalator Language Theory Closed String, Worldsheet and Worldvolume on Escalator Language Theory
  21. Escalator Language Theory Supplement to Spacetime Symmetry and Escalator Brane For CALVINO Itaro
  22. Escalator Language Theory Spacetime Symmetry and Escalator Brane
  23. Escalator Language Theory Escalator Membrane
  24. Escalator Language Theory Time Symmetry Conjecture For GANTSCHEV Ivan THE CHRISTMAS TRAIN
  25. Escalator Language Theory Escalator Language and Time For SHINRAN’s Idea of BOHDISATTVA
  26. Escalator Language Theory Contents
  27. Aurora Time Theory Opened Time and Closed Time For WANG Guowei and DELBRÜCK Max
  28. Aurora Time Theory Opened Time and Closed Time For WANG Guowei and DELBRÜCK Max
  29. Aurora Time Theory Enlarged Distance Theory For CELAN Paul
  30. Aurora Time Theory Imaginary Time and Imaginary Space From HAWKING Stephen
  31. Aurora Time Theory Time on Aurora
  32. Aurora Time Theory Contents
  33. Aurora Theory Why Human Time Flows Fast and Slow on Occasion <Interlude for Multi-Time Conjecture>
  34. Aurora Theory Distance and Time <Language Multi-Time Conjecture 3> 5th Time for KARCEVSKIJ
  35. Aurora Theory Dictoron and Time
  36. Aurora Theory Aurora Plane <Language emerges aurora in Riemann sphere.> For Mother
  37. Aurora Theory Limitation of Meaning
  38. Aurora Theory Dictoron, Time and Symmetry <Language Multi-Time Conjecture>
  39. Aurora Theory Aurora and Riemann Sphere For MASON L. J.
  40. Aurora Theory Dictoron as Language Quantum
  41. Aurora Theory Aurora and Curvature
  42. Aurora Theory Dictoron and Aurora <Language is aurora dancing above us.> For SAEKI Shizuto
  43. Aurora Theory Dictoron <Quantum and Trace> For FINKELSTEIN David
  44. Aurora Theory Contents
  45. Supersurface and Language Nested Cube, Nested Torus and Cut-Tube-Ring -Toward Homology Group-
  46. Supersurface and Language Supersurface, String and Knot including Longitude and Time -Toward Moduli Space-
  47. Supersurface and Language Contents
  48. Tube-Ring Theory Clockwise Language and Anticlockwise Language On Linguistic Universals
  49. Tube-Ring Theory True and False Hierarchy of Language For CHINO Eiichi and Prague
  50. Tube-Ring Theory Freedom and String Structures of Multi Dimensional Spaces
  51. Tube-Ring Theory Imaginary Language Minus Dimensional Cut-Tube-Ring
  52. Tube-Ring Theory Cut and Glue
  53. Tube-Ring Theory Premise of Tube-Ring Theory Advance of Dimension Conducted by KARCEVSKIJ
  54. Tube-Ring Theory Contents
  55. Topological Semantics From Lattice to Necklace
  56. Topological Semantics Breaking Symmetry of Language For TARSKI
  57. Topological Semantics Torus Chain For MAC LANE Saunders
  58. Topological Semantics Lineation, Rectangle and Universality
  59. Topological Semantics Definition
  60. Pre-Topological Semantics Nested Torus Theory – Plane Pillar Torus – For PONTLYAGIN Lev Semenovich
  61. Topological Semantics Contents
  62. Quantum Semantics Super Fluidity
  63. Quantum Semantics Fiber Bundle on Language
  64. Quantum Semantics Topological Tolerance For MILNOR J.W.
  65. Quantum Semantics Topological Entangled Language For KITAEV Alexei Yu
  66. Quantum Semantics Gauss’ plane
  67. Quantum Semantics Lineation Lattice Plane Pillar
  68. Quantum Semantics Proclamation of Quantum Semantics
  69. Quantum Semantics Lattice
  70. Quantum Semantics Contents
  71. Quantum Language Frame and Transmission For Quantum Language Machine 3
  72. Quantum Language Substantiality of Language For the Memory of Encounter with CHINO Eiichi nearly thirty years ago
  73. Quantum Language Contents
  74. Quantum Linguistics Creation of Meaning Toward Realization of Quantum Language Machine 2
  75. Quantum Linguistics Nature of Quantum Toward Realization of Quantum Language Machine
  76. Quantum Linguistics Growth of Word Dedicated to TAKEUCHI Gaishi
  77. Quantum Linguistics Method of Quantum Linguistics
  78. Quantum Linguistics Quantum Language Machine For the Forth Time to KARCEVSKIJ
  79. Quantum Linguistics Intention and Sentence
  80. Quantum Linguistics Solidity and Flexibility
  81. Quantum Linguistics Contents
  82. Obi Theory Birth Again for PONTLYAGIN L. S.
  83. Obi Theory Whirl
  84. Obi Theory Meaning
  85. Obi Theory Time
  86. Obi Theory Universe
  87. Obi Theory Obi Language
  88. Obi Theory Contents
  89. For Authentication of Solidity
  90. Solid Trace Theory Superlattice
  91. Solid Trace Theory Solid Trace Language
  92. Solid Trace Theory Solid Trace
  93. Solid Trace Theory Contents
  94. Quantum Warp Theory Folding
  95. Quantum Warp Theory Dualism Thrice for KARCEVSKIJ
  96. Quantum Warp Theory Warp
  97. Quantum Warp Theory Contents
  98. Double Linear Theory Double Linear Language
  99. Double Linear Language Contents
  100. Cube Theory Cube Word
  101. Read more: https://srfl-paper.webnode.com/paper-2003-2007/
  102. Cube Theory Cube Language
  103. Cube Theory Cube Language
  104. Cube Theory Structure of Cube
  105. Cube Theory Dimension
  106. Cube Theory Contents
  107. Duplicability Theory Literalness
  108. Duplicability Theory Antiworld
  109. Duplicability Theory Duplicability
  110. Duplicability Theory Contents
  111. Frame-Sentence Language Association
  112. Frame-Sentence Language Association
  113. Frame-Sentence Language Comparison
  114. Frame-Sentence Language Intention
  115. Frame-Sentence Language Sentence Theoretical Criterion
  116. Frame-Sentence Language Boundary
  117. Frame-Sentence Language Contents
  118. Reversionary Group Theory Inverse Element
  119. Reversionary Group Theory Associative Law
  120. Reversionary Group Theory Supposition
  121. Frame-Sentence Language Association
  122. Frame-Sentence Language Comparison
  123. Frame-Sentence Language Intention
  124. Frame-Sentence Language Sentence Theoretical Criterion
  125. Frame-Sentence Language Boundary
  126. Reversionary Group Theory Inverse Element
  127. Reversionary Group Theory Associative Law
  128. Reversionary Group Theory Supposition
  129. Robot Language Selectionem Terminology in Robot Language
  130. Robot Language Selectionem Inference and Will
  131. Robot Language Selectionem Selection
  132. Robot Language Sorting
  133. Robot Language Sentence Confirmation for Formulation
  134. Robot Language Robot
  135. Robot Language Diversification
  136. Robot Language Premise
  137. For Authentication of Solidity
  138. Set Theory 4
  139. Set Theory 3 -On Frame Quantum Language-
  140. Set Theory 2
  141. Set Theory
  142. Note Recognition
  143. Note Reflection
  144. Note For Semantics
  145. Frame-Quantum-Time Theory 4 -Set Theory-
  146. Frame-Quantum-Time Theory 3 -For Karcevskij Again-
  147. Frame-Quantum-Time Theory 2
  148. Frame-Quantum-Time Theory
  149. Subdivision
  150. Growth
  151. Vector
  152. Automaton
  153. Receptionist
  154. System
  155. Lineation
  156. Descriptiveness
  157. Premise for Frame-Quantum Theory
  158. Aim for Frame-Quantum Theory
  159. Frame-Quantum Theory Addendum
  160. Frame-Quantum Theory
  161. Warp Theory
  162. Prague Theory 3
  163. Prague Theory 2
  164. Prague Theory
  165. Time Theory
  166. Vector
  167. Automaton
  168. System
  169. Lineation For CHOMSKY Noam
  170. Descriptiveness
  171. Conversation
  172. Ideogram
  173. Recognition
  174. Frame
  175. Substantiality To SAPIR Edward
  176. Grammar To CHINO Eiichi
  177. Fixation
  178. Time For KARCEVSKIJ
  179. Individuality
  180. Changeability To SAPIR and KARCEVSKIJ
  181. Uniformity For SAUSSURE Ferdinand
  182. Direction For KARCEVSKIJ Sergej
  183. Actual Language and Imaginary Language To LÉVI-STRAUSS Claude
  184. Guarantee of Language For LÉVI-STRAUSS Claude
  185. Mirror Language
  186. Mirror Theory For the Structure of Prayer
  187. Reversion Theory
  188. Quantum Theory for Language
  189. Prague Theory Dedicated to KARCEVSKIJ, PRAGUE and CHINO
  190. Distance Theory
  191. On Time Property Inherent in Characters
  192. Manuscript of Quantum Theory for Language 2003-2019 Newly revised edition

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Tokyo
19 August 2020
Sekinan Geometry Early

Tuesday, 17 June 2025

On immanent time in characters 2003

  


 

文字に内在する時間性について


田中章男

 

  言語類型論で孤立語に分類されてきた漢語で使用される文字、すなわち漢字の生成と機能について、考察を試みる。

 漢字の初期の形態については、殷墟等で発見された甲骨文によって確認できるが、通常五期に区分される甲骨文の第1期において、甲骨文はすでに初期的な完成を示しており、漢字自体の原初的な形態を推測することは難しい。甲骨文を組み合わせた語彙および統辞についても、ほぼ初期的な完成を示している。ここで初期的な完成というのは、現代漢語による理解乃至推察が可能なことを意味する。 したがってここで述べる漢字の生成と機能は、甲骨文以降の副次的なものである。個々の甲骨文の字形形成の状況、すなわち解字的説明については、すでに多くの研究が蓄積されている。ここではそれらのうち、主に1990年代以降の業績を援用しながら、考察を進める。

 

一 漢字の生成

 漢字「育」の甲骨文を見ると、この字が、女性による出産時の状況を示していることは疑いえない。この甲骨文において、出産の状況は、3つの要素によって示される。第一に、両腕を胸前で交差させた女性が出産に臨む時の体形である。女性は前傾姿勢をとり、臀部を突き出し、膝をゆるやかに屈折している。第二に出産時に伴う破水の状況が、点線様の記号で示されている。第三に、この破水の中央部分か下部に新生児が頭部を下に向けて示されている。この甲骨文で図示された3要素によって、「育」の字が、女性による、出産時およびその直後の状況を示していることが明示される。

 漢字「言」の甲骨文を見ると、その字形がすでにその一期において、すでに相当程度の簡略化乃至は変形化を受けているために、これまでも解字的説明がさまざまに展開されたが、ここでは、中国考古学の成果を含めた近年の一解釈を示す。漢字「言」の形態は、その上部、中部および下部の三部分として、見ることが可能である。中国考古学の成果によれば、その上部は、殷の時代において、会議等の開催を示す、銅鐸様の鈴の内部につるされた鈴舌であるとされる。漢字「言」の中部は、鈴舌そのものを示す。漢字「言」の下部は、鈴の外部を示すものとされる。殷の時代においては、会議等の開催を知らせるときに、銅鐸様の鈴を打ち鳴らして関係者に知らせ、その会議の開催時には、その鈴をテーブルの上に逆さに置いたとされる。すなわち、形態的には鈴の本体が下に、鈴舌の部分が上になって置かれたとされる。これが「言」の字の甲骨文の字形となったとする。この解字によれば、「言」の甲骨文は、鈴による会議開催告示後の状況を示すものとすることができる。会議はことばによってなされる。したがって、逆さの鈴の象形化が、「言」の甲骨文となった。

 漢字「亘」の甲骨文を見ると、二本の水平な線の中に弓形の文様が示される。王国維は、つとにこの甲骨文を漢字「恒」と同定した。今はこの見解に従う。上下の二本は川の両岸であり、中央の弓形はその両岸を往来する舟とする。この解字によれば、「亘」あるいは「恒」は、同一の空間に恒常的に繰り返される渡船作業を示している。

 三つの漢字「育」「言」「亘」の甲骨文から、以下のことが帰納乃至推測される。

 第一に、漢字の祖形である甲骨文は、時間的経過を内在させることがある。すなわち、「育」においては、出産の開始から終了までであり、「言」おいては、会議の告示から開催中までであり、「亘」においては、渡船作業の継続である。

 第二に、漢字の祖形である甲骨文は、内在する時間的経過の途上でおこるさまざまな事象の一局面が複数にわたって図像化乃至暗示されることがある。すなわち、「育」のおいては、母体、破水、新生児であり、「言」においては、倒置された鈴がその前時間に継起した会議の告示の振鈴と、その後の会議開始によるテーブル等への安置を暗示する。「亘」においては、両岸と渡船の存在が渡船作業を示す。

 第三に、漢字の祖形である甲骨文は、事象の複数の局面を内在させることによって、複数の情報を伝達することがある。「育」においては、母体による出産、出産途上の状況、新生児の誕生等の情報が、一字によって同時に伝達される。「言」においては、会議の告示、会議の開始、会議で話し合われた内容等の情報が伝達され、「亘」においては、渡船作業、対岸への到達、作業の繰り返し、すなわち恒常性等の情報が伝達される。

 したがって以上のような漢字生成に関する帰納乃至推測から、次のような漢字の機能が導かれる。

 

二 漢字の機能

第一に、個々の漢字に内在する時間的局面は、その局面のもっとも特徴的な情報を伝達しようとする傾向が強い。「育」の字においては、出産時の状況は、母体の出産動作そのものがもっとも特徴的であるが、出産後は新生児の存在が特徴的となる。漢字一字が持つ文法的機能の多様さは、こうした甲骨文に内在する、時間性の幅とその特徴的事象の内容に起因する。

「育」においては、出産時の局面では、いわゆる「うむ」という動詞的局面が強調されるが、出産後は「新生児」といういわゆる名詞的局面が強調される。「言」においては、会議前には「告げ知らせる」局面が強調されるが、会議開催中および開催後は、多分に会議での「発言内容」の局面が強調されるであろう。「告げ知らせる」局面が、多分に動詞的であり、「発言内容」の局面では、多分に名詞的機能が優先されるであろう。

 第二は、二字以上の漢字が組み合わされたとき、個々の漢字は、自らに内在する、時間の枠組から、どれかひとつの時間的局面を特に強調して、他の漢字と関係を結ぼうとする。二局面以上を伝達しようとすることは、伝達の明瞭性を傷つけるからである。「育」の字について見るならば、「育女」では「女児を生む」ことであり、「育嬰」では「すでに生まれている子どもをそだてる」ことである。「育女」では「育」の字は、より多く「母体からの出産状況」にかかわり、「育嬰」ではより多く「すでに誕生した新生児」の情報にかかわるであろう。

 第三は、個々の漢字に内在する時間的局面はしばしば複数性を持つが、漢字を組み合わせるときにはその個々の漢字の局面選択の択一性が働くことによって、互いに優先された局面同士によって二つ以上の漢字が、ひとつのより複合的な局面を形成して、その複合局面の情報伝達の明瞭性を保持することができる。たとえば「恒言」という2字の組み合わせにおいては、「恒」は「恒常性」の局面を選択し、「言」は「発言する」という局面を選択する。

 それでは、個々の漢字が局面選択を行うとき、どのような漢字内の機能が働くのであろうか。また、優先された局面同士が提携するとき、どのような機能が漢字の外部に向かって提示されるのであろうか。

 

三 漢字機能の自己選択性

 二つ以上の漢字が組み合わされ、新たな複合的な一局面が形成される状況を、「恒言」について検討する。ところが、「言恒」という組み合わせにおいては、新たな一局面は形成されず、漢字それぞれが有する一局面が二つ連続すると見るのが一般である。このような違いはどうして起こるのであろうか。私はここにも、漢字に内在する時間性がかかわると判断する。

 漢字に内在する時間には比較的短時間のものから、長時間に及ぶものまで多様である。二つの時間が連続するとき、前の漢字の時間性が長時間であり、後ろの漢字が短時間であるとき、この二つの漢字は緊密に結びつき、新たな複合的一局面を形成しやすいが、この逆の場合、すなわち前字が短時間で、後字が長時間であるときは、この二つの漢字は新たな複合的局面を形成しにくく、それぞれの局面が独立的に連続する傾向を持つ。

 「恒言」において、「恒」は「永続的な長時間」を内在させるのに対し、「言」は一過的な短時間を内在させる。このように、長時間内在型の漢字と後続する短時間内在型の漢字は、新たな複合局面を形成するが、短時間型の漢字と後続する長時間型の漢字は複合局面を形成しにくい。したがって、「恒言」は一つの語となり、「言恒」は二つの語で一つの文となる。

 すなわち類型論で孤立語の属するとされる漢語においては、一切の語形変化的な現象を有しないために、しばしば、その文法的な構造、漢語においては特に語と語の切れ目とその文法的な機能が問題となってきたが、漢字に内在する時間性およびその組み合わせ時における局面選択性によって、新たな複合局面が形成されたか、個別局面の連続かが区別されるとするならば、漢語における語彙形成と統語構造に展望がひらけるものとなる。

 漢字に内在する自己選択性とは、後続する漢字に内在する時間が、自らの時間より短時間の場合は複合しようとし、自らの時間より長時間の場合は複合しないか、複合しにくい。

 時間性の長短については、その漢字、 特に甲骨文における準初期形態が示す抽象性、具象性、統合性、個別性等のクラス分けが検証される必要がある。したがって、漢字に内在する時間性の自己選択性は、一つの仮説である。

 

四 漢字に内在する意味

 一般に言語における語の認定、あるいは語の意味は、その重要さにもかかわらず、困難さが指摘されてきた。漢字一字を語と認定するかどうかはしばらく置くとしても、ここで漢字一字ずつに内在する意味をある程度、分析的に検討することは、特に甲骨文にさかのぼることによって、可能な面が開けてくる。甲骨文においては、設文解字と比定できるものについては、その解明が進んだが、殷代のみに出てくる固有名詞的なものについては、今後も解明に困難が伴うことと思われる。しかし、甲骨文を言語記号として、その記号の内容とその記号が示す時間とを点検することによって、現在通行する漢字との比定を超えたレベルで、文字に内在する文法的機能を分析する途が開かれるであろう。そのときもっとも有力な方法の一つが、時間性原理であると思われる。

                              2003年3月28日 白馬にて