Monday, 2 May 2022

Papa Wonderful 19. Modern times

 19 近代


 あらゆるものに四季が訪れるように、倉庫にも四季が訪れます。倉庫の四季は荷物の品目の変化に現れます。田所さんの現在の担当は、主に食料品とその周辺の品物です。配送先はあるスーパーマーケットの各支店です。伝票にしたがって倉庫に届けられたかなりの量の品物を各支店の希望品目伝票によって配分していくのです。

 トラックで届けられた品物は、伝票の確認を受けたあとラインに下ろされます。そこで各支店別に分類整理され、コンベアで移動させながら台車があるところで品物を下ろしていくわけです。食料品はまさしく季節を反映します。といってもここで扱う品物は乾物類が主で生鮮品は近くにある別の冷凍倉庫で行われています。

 田所さんはここで示される季節の移り変わりが好きなのです。それはもちろん自然の四季の変化とは違いますが、それに連動する変化なのです。たとえばある日突然砂糖の入荷が増えます。「ああ、そろそろお彼岸が近いので、おはぎを作ったりするのだな」と田所さんは思います。夏になるとそうめんや冷麦の入荷がコンスタントに多くなります。秋のお月見のころには小麦粉の量が増えます。「やっぱり人はみんな同じリズムで生活しているんだなあ」とつくづく感じます。クリスマスが近くなると、はなやかなシャンペンのパッケージが目を引きます。そしてお正月のしめかざりと続きます。

 トラックの入荷にも波があります。一日としては午前十時から十一時ごろがピークで、午後の一時から二時にかけてやや遠方からの別の小さいピークがあります。午後三時を過ぎると入荷はぐっと減って、仕事は倉庫内の在庫出しや整理作業に変わっていきます。こうして終業の五時が来ます。夏季や年末の繁忙期には残業がありますが、問屋や輸送との関係で、原則として夜の仕事はありません。ですから仕事としてはきわめて規則正しいものと言えるでしょう。

 午前と午後一回ずつ、仕事の合間を縫ってお茶の時間があります。勤めている人はだいたい近隣の市や町からですから、そのおりの話題も自然そうした地域のことが多くなります。田所さんはそうした話をいつも興味深く聞いています。以前自動車工場のラインで仕事をしていた後藤さんはメカニズムのことに詳しいですし、織物工場を経営していた大場さんは服飾関係の専門家です。染料のこと、糸の太さ、織の仕組みなど、こちらにそれらを受け入れる素地がないので、今一つ理解しにくいようなこともありますが、聞いていて飽きることがありません。自動車の吹きつけ塗装技術の話題が出たことがありました。かつてその行程はたいへんな労力を必要としたようです。後藤さんは今は主にフォークリフトを動かしています。田所さんはふとシモーヌ・ヴェーユの『工場日記』を思い出していました。

 神の出現を待ち望んだヴェーユ。重力と恩寵のはざまに揺れたヴェーユ。1909年生、1943年没。その天分のゆえにか、その天分をもってしてもか、近代という時代はあまりに重く暗かった。日本の立原道造、1914年生、1939年没。ちょうどヴェーユの五年ほど内側を生きた人。彼もまた繰り返し夜を歌った。夜明けを待ち望んで、しかし同時にそれよりもより強くたぶん夜明けを恐れてもいた。詩人はその存在自体が必然的に予言する。暗い近代のあと、詩人は現代に何を恐れていたのか。

 田所さんはときどき、しばらく忘れていたかのようにして詩や詩的な散文を読み返します。詩人は自らの意図を超えたところでその時代を具現しているからです。

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